[{"onix":{"RecordReference":"9784750319001","NotificationType":"03","ProductIdentifier":{"ProductIDType":"15","IDValue":"9784750319001"},"DescriptiveDetail":{"ProductComposition":"00","ProductForm":"BA","ProductFormDetail":"B119","Collection":{"CollectionType":"10","TitleDetail":{"TitleType":"01","TitleElement":[{"TitleElementLevel":"03","TitleText":{"collationkey":"エリアスタディーズ","content":"エリア・スタディーズ39"}}]}},"TitleDetail":{"TitleType":"01","TitleElement":{"TitleElementLevel":"01","TitleText":{"collationkey":"ゲンダイベトナムヲシルタメノロクジュッショウ","content":"現代ベトナムを知るための60章"}}},"Contributor":[{"SequenceNumber":"1","ContributorRole":["A01","B01"],"PersonName":{"collationkey":"イマイ アキオ","content":"今井　昭夫"},"BiographicalNote":"東京外国語大学外国語学部助教授。ベトナム地域研究専攻。\n主な共著に、『日越小辞典』（大学書林、１９８５年）、『社会主義ベトナムとドイモイ』（アジア経済研究所、１９９４年）、『ASEANの言語と文化』（高文堂、１９９７年）など。主な論文に「ベトナムにおけるベトナム思想史研究」（『中国——社会と文化』第５号、中国社会文化学会、１９９０年）、「社会主義ベトナムにおける宗教と政治」（『Quadrante』第１号、東京外国語大学、１９９９年）、「ベトナムにおける漢字と文字ナショナリズム」（『ことばと社会』第５号、三元社、２００１年）など。"},{"SequenceNumber":"2","ContributorRole":["A01","B01"],"PersonName":{"collationkey":"イワイ ミサキ","content":"岩井　美佐紀"},"BiographicalNote":"神田外語大学外国語学部国際言語文化学科助教授。社会学博士。ベトナム農村研究専攻。\n主な共著に『もっと知りたいベトナム』（弘文堂、１９９５年）、『アジア読本：ヴェトナム』（河出書房新社、１９９５年）、『ベトナムの労働事情』（海外調査シリーズ４７、日本労働研究機構、２０００年）。主な論文に「集団化解体以降のカインハウ社における農業賃労働の実態に関する一考察」（『東南アジア研究』３９巻１号、２００１年）、『ドイモイ前後におけるベトナム紅河デルタ村落の変容——バックニン省チャンリエット村における農業生産合作社を中心に——』（一橋大学博士学位論文、２００１年）"}],"Language":[{"LanguageRole":"01","LanguageCode":"jpn","CountryCode":"JP"}],"Extent":[{"ExtentType":"11","ExtentValue":"392","ExtentUnit":"03"}],"Audience":[{"AudienceCodeType":"22","AudienceCodeValue":"00"}]},"CollateralDetail":{"TextContent":[{"TextType":"03","ContentAudience":"00","Text":"ベトナム戦争終結から30年を迎え，その戦後から現在に至る変化の著しいベトナム。歴史と風土を踏まえて，各分野の専門家40人がその変化を政治，経済，社会，文化について，グローバル化と民族文化，法治国家化と民主化などの視点を交え多面的に描きだす。"},{"TextType":"04","ContentAudience":"00","Text":"１　「ベトナム」の成り立ち\n第1章　「ベトナム」という名称——国号の変遷と「ベトナム（越南）」\n第2章　ベトナム人の由来——建国神話と銅鼓、そしてベトナム考古学\n第3章　北属南進の歴史——圧倒的な存在としての中国・フロンティアとしての中・南部\n第4章　フランスによる植民地支配——その遺産と負債\n第5章　ベトナム民族運動——勤王運動から独立まで\n第6章　ベトナム戦争——二つのベトナム\n第7章　ベトナムと周辺諸国との国境問題——中国、ラオス、カンボジアとの歴史的つながり\n第8章　多民族国家——５４の民族\n第9章　越僑——在外ベトナム人との関係\n第10章　ベトナム語と「クオックグー」——公用語としてのベトナム語\n２　大地と水、ムラとマチ\n第11章　山と平野、水と土——二大デルタの自然と農業\n第12章　北部平野集落の成り立ち——過密な人口を支える輪中地帯の形成\n第13章　「ムラとムラ人」——はたして「農民」なのか「商売人」なのか？\n第14章　メコンデルタ開拓村——フロンティアの終焉\n第15章　盆地の生活——ターイ族の暮らし、民族雑居\n第16章　ベトナム人と海——海が苦手な北部の人、得意な中部の人\n第17章　ハノイ——開発期を迎えた首都・「みやこびと」の気位を支えるもの\n第18章　サイゴン・ホーチミン市——クメールの街から華僑・華人の街、そしてベトナムの街へ\n第19章　フエ・ホイアン・ミーソン——中部の世界遺産\n第20章　生態系破壊——森林・マングローブの伐採・開発の現状と再生への試み\n３　「公平・民主・文明的な社会」を目指して\n第21章　人口動態・人口分布——人口政策・国家開発・農業開拓\n第22章　階層分化——貧富の拡大\n第23章　地域間格差——都市・農村、多数民族・少数民族\n第24章　移住・移動——豊かさを求めて動き始めた農民たち\n第25章　都市化——お金持ちから不法滞在者まで\n第26章　ベトナムの家族、親族、家譜——地域的多様性と時代による変化\n第27章　ジェンダー——社会と家族における女性の地位と役割\n第28章　ヘルスケアー——リプロダクティブヘルスの現状と課題\n第29章　社会保障——市場経済下でこそ必要なはずの安全網\n第30章　教育——教育の「ドイモイ」は始まったか\n第31章　社会悪——売買春・エイズ・麻薬\n４　グローバル化する文化と「民族文化」\n第32章　マスコミと情報化——情報量の増大と情報の規制\n第33章　「宗教」と「信仰」——公認されている宗教と非公認の宗教\n第34章　ベトナムの民間宗教——聖母道\n第35章　冠婚葬祭——復活する人々の行事\n第36章　音楽・演劇——伝統芸能からＶーＰＯＰまで\n第37章　文化遺産と美術品——遺産の保持と新たな創造\n第38章　現代文学——戦争文学からポスト戦争文学へ\n第39章　映像——プロパガンダから娯楽へ\n第40章　ベトナム料理——北・中・南部の豊かな味\n５　ドイモイ下における政治の諸相\n第41章　戦時体制からドイモイへ——ポスト冷戦期の社会主義志向路線\n第42章　ベトナム共産党——その支配の「正統性」\n第43章　国家機関——ベトナム的社会主義的法治国家\n第44章　ホーチミン思想——イデオロギーかシンボルか\n第45章　軍隊と公安——その変容と本来の姿\n第46章　大衆団体——現在の祖国戦線とその姿\n第47章　国民統合と開発——中部高原の少数民族運動\n第48章　中央と地方——地方の「自治」と民主化\n第49章　安全保障——小国ベトナムとアメリカ・中国\n第50章　日本・ベトナム関係——国交三〇年余の現在\n６　「工業化・現代化」への道\n第51章　社会主義市場経済——高成長の原動力、一党体制下で限界も\n第52章　全方位外交——経済開発へバランス重視、国際化進展で責務も重く\n第53章　貿易構造の多角化——モノカルチャーからの脱却\n第54章　成長の主軸・外国企業——技術と資本の増強で国際競争に挑む\n第55章　農業国としてのベトナム——国際相場に翻弄される農民たち\n第56章　「工業化」——製造業の競争力向上が喫緊の課題\n第57章　金融・証券市場——活かせるか、国民の退蔵資金\n第58章　交通運輸・通信——渋滞深刻化、インフラ整備に課題\n第59章　豊富で優秀な労働資源——低廉で若い労働力の活路\n第60章　消費性向——旺盛な消費意欲、ブランド信仰強し"}],"SupportingResource":[{"ResourceContentType":"01","ContentAudience":"01","ResourceMode":"03","ResourceVersion":[{"ResourceForm":"02","ResourceVersionFeature":[{"ResourceVersionFeatureType":"01","FeatureValue":"D502"},{"ResourceVersionFeatureType":"04","FeatureValue":"9784750319001.jpg"}],"ResourceLink":"https:\/\/cover.openbd.jp\/9784750319001.jpg"}]}]},"PublishingDetail":{"Imprint":{"ImprintIdentifier":[{"ImprintIDType":"24","IDValue":"0182"},{"ImprintIDType":"19","IDValue":"7503"}],"ImprintName":"明石書店"},"Publisher":{"PublishingRole":"01","PublisherIdentifier":[{"PublisherIDType":"24","IDValue":"0182"},{"PublisherIDType":"19","IDValue":"7503"}],"PublisherName":"明石書店"},"PublishingDate":[{"PublishingDateRole":"01","Date":"20040609"}]},"ProductSupply":{"MarketPublishingDetail":{"MarketPublishingStatus":"00","MarketPublishingStatusNote":"1;"},"SupplyDetail":{"ProductAvailability":"99","Price":[{"PriceType":"03","PriceAmount":"2000","CurrencyCode":"JPY"}]}}},"hanmoto":{"toji":"並製","zaiko":11,"maegakinado":"はじめに　「エリア・スタディーズ」のベトナム版の企画が動き出してまもなくの二〇〇三年三月二〇日、アメリカはイラク戦争に踏み切った。それから一年余り経った現在、泥沼化するアメリカのイラク占領統治に対し、世界はベトナム戦争の再来だと指摘し、ベトナム戦争の教訓を思い起こし始めた。力による制圧は決して地域の人々を幸せにはしないことが改めて噛みしめられるようになっている。近年「普通の国」化しつつあったベトナムは、思わぬところからまた特別な存在「記憶の国」として脚光をあびようとしているかのようである。ただ、「記憶の国」の栄光は、戦争体験の悲惨さと背中合わせであるが。　ひるがえって今から二九年前の一九七五年、ベトナムはアメリカとの戦争に勝利し、民族解放闘争の「英雄」として世界史上に躍り出た。貧しい小国ベトナムが大国アメリカを打ち破ったことは驚きをもって受け止められ、それによってベトナム近現代史の歩みを反植民地主義的ナショナリズムや「革命のポリティックス」のプリズムを通して見る傾向が強められた。そこで捉えられたベトナム人像は、あまりに政治的・軍事的な人間像に偏っており、ベトナム人を「英雄」的に祭り上げた見方であった。　南北統一後、ベトナムは長く暗かった苦難の時期を経なければならなかった。戦場から戻った「英雄」たちは経済的苦境に直面しなければならなかったのである。ベトナムは戦時体制の国家社会主義から脱却すべく、一九八六年にようやく自らの道「ドイモイ（刷新）」を歩み始めた。改革開放政策であるドイモイは、それまでの「みんな一緒」という平均主義的な思考から決別し、国民がそれぞれのニーズに合った多様な生活様式を追求することを認めた。外資導入によってホーチミン市やハノイなどの都市部を中心として高度経済成長が達成され、市場経済の浸透とともに貧富の格差が拡大し、農村から大量の都市移住が発生した。特に、社会主義経済システムに長らく慣れてきた北部ベトナムの人々にとって、市場経済の経験は未曾有のものであり、この一〇年間ほどの生活の激変にみられるドイモイのインパクトは計り知れないものがある。　このようなドイモイの進展は、ベトナムに対する見方への変化をも惹起し、相対的に経済・社会の領域への関心を高めることになった。共産党の一党支配体制は堅持され社会主義の看板は下ろされていないものの、かつての「近代化理論」や開発経済論でおなじみの「近代化、工業化」が前面に押し出されるようになった。その意味でベトナムはあたりまえの途上国となり、「普通の国」になった。ベトナム戦争期のベトナムが外国人ジャーナリストにとっての「花形の地」であったとすれば、九〇年代から二一世紀初頭のベトナムは先進国の開発援助専門家にとっての「花形の地」となったのである。　本書では、「普通の国」であるベトナムを多面的に捉え、「等身大のベトナム」の人々を描くことに腐心した。ドイモイは、ベトナム人だけでなく、外国人の研究者やジャーナリストにとっても、大きな変化をもたらした。それまで主に共産党機関誌や政策をまとめた研究書などによってしか情報を得られず、フィールドワークもままならない、いわば情報飢餓的状態におかれていたが、一九九〇年代に入るとベトナムに長期滞在して現地調査することが容易になり、今までとは比較にならないくらい素顔のベトナム人に触れることが可能となった。本書の特色は、このような留学やプロジェクト実施などで現地での生活や実務を豊富に経験してきた研究者・ジャーナリスト・政府系職員・ＮＧＯ関係者などによって多彩な執筆陣を構成していることである。本書を通して、一枚岩ではない多様なベトナムの人々の価値観や生活を汲み取っていただければと思う。たとえば、拝金主義的世相を嘆きながらもどん欲に突き進む人々の笑顔、警察官に店の道具を没収された街角のフォー屋女主人の泣き顔、少子化でわがままに育った孫のしつけに疲れ気味のおばあさんの困った顔、高級幹部の汚職問題について口角泡を飛ばしながらまくし立てるタクシー運転手の怒った顔、などなど。そこには、「英雄的なベトナム人」という一面的な理解を超えた、時には打算的で自己中心的な、生臭い、それでも何故だか憎めないベトナム人がいる。　イラク戦争で人質になった高遠菜穂子さんは解放直後「嫌なこともされたけど、イラク人のことを嫌いになれない」と語ったが、ベトナム現地生活経験者のわれわれも「嫌な目にもさんざん遭ったけれど、ベトナムの人々を嫌いにはなれない」というのが本音である。この気持ちは、おそらく本書の執筆者のほとんどがもっている実感ではないだろうか。このような実感を幾分かでも読者と分かちあえることができれば幸いである。確かに、ベトナムはかつてのように次々とセンセーショナルなニュースでマスコミをにぎわすような存在ではなくなったかも知れないが、人的交流・経済関係など日本との関係はますます緊密になってきている。それだけに「等身大のベトナム」や「普通の国」ベトナムを捉える、腰のすわった深みのあるベトナム像が求められるようになってきているといえる。　本書は六部構成になっている。１はベトナムという国の枠組みが歴史的・空間的・人間集団的・文化的にどのように形成されてきているのかを検討している。２では現代ベトナム人が暮らす地理的・生態的環境について述べられ、３ではドイモイによって生じた社会・生活の変容について扱われている。４では戦時期の文化のありようから脱してグローバル化と「社会化（民営化）」が進む文化の状況とそれに対抗・補完するかたちで「民族文化」が提唱され重要視されるようになっている文化状況が描かれている。５では「法治国家化」や「民主化」など、ドイモイ下における社会主義体制の政治的変化を追っており、６では国際統合圧力がかかる状況下の「社会主義市場経済」の現状とその課題について説明されている。（後略）","author":[{"listseq":1,"dokujikubun":"編著"},{"listseq":2,"dokujikubun":"編著"}],"datemodified":"2011-03-18 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