[{"onix":{"RecordReference":"9784750323008","NotificationType":"03","ProductIdentifier":{"ProductIDType":"15","IDValue":"9784750323008"},"DescriptiveDetail":{"ProductComposition":"00","ProductForm":"BA","ProductFormDetail":"B119","Collection":{"CollectionType":"10","TitleDetail":{"TitleType":"01","TitleElement":[{"TitleElementLevel":"03","TitleText":{"collationkey":"エリアスタディーズ","content":"エリア・スタディーズ54"}}]}},"TitleDetail":{"TitleType":"01","TitleElement":{"TitleElementLevel":"01","TitleText":{"collationkey":"ボリビアヲシルタメノ68ショウ","content":"ボリビアを知るための68章"}}},"Contributor":[{"SequenceNumber":"1","ContributorRole":["A01","B01"],"PersonName":{"collationkey":"マナベ シュウゾウ","content":"眞［眞のヒが十］鍋　周三"},"BiographicalNote":"1948年、香川県生まれ。\n1986年3月、青山学院大学大学院文学研究科史学専攻博士課程単位取得満期退学。\n兵庫県立大学経済学部国際経済学科教授。歴史学博士、登山家。\n専攻分野は植民地時代アンデス地域史（ペルー、ボリビア史）。とくにその社会経済史研究。著書には『トゥパック・アマルの反乱に関する研究─その社会経済史的背景の考察─』（神戸商科大学経済研究所、1995年）などがある。植民地時代ペルー史ならびにボリビア史に関する論文を多数執筆する。\n20代の頃から国内において数多くの冬季登攀を行う。海外ではとくにペルーアンデス、ヨーロッパアルプスの山々を登る。ペルーアンデスではコルディエラ・ブランカ山群チャクララフ東峰南壁（1976年）を、近年には北イタリア、ドロミテのセラ山群トーレ・デル・セラIII峰南西壁、同山群サス・ポルドイ南壁、サッソルンゴ山群サッソルンゴ（ドイツ名はラングコッフェル）主峰南西壁（2004年）、東スイス、ブレガリア渓谷南部のスパッツァカルデイラ東壁、ピッツバディーレ・スピゴロノルド（北稜）（2005年）などを登攀。"}],"Language":[{"LanguageRole":"01","LanguageCode":"jpn","CountryCode":"JP"}],"Extent":[{"ExtentType":"11","ExtentValue":"424","ExtentUnit":"03"}],"Subject":[{"MainSubject":"","SubjectSchemeIdentifier":"78","SubjectCode":"0336"}],"Audience":[{"AudienceCodeType":"22","AudienceCodeValue":"00"}]},"CollateralDetail":{"TextContent":[{"TextType":"03","ContentAudience":"00","Text":"南米大陸のほぼ中央に位置し，3650メートルを超す世界最高度の首都ラパスを擁すボリビア。アンデス山脈，ティティカカ湖，インカの遺跡群をはじめ魅惑あふれる国の姿を，歴史，政治，経済，音楽，旅行，トレッキングなど68のテーマにわたり各々の専門家が活写。"},{"TextType":"04","ContentAudience":"00","Text":"はじめに\n1　自然環境とその利用\n　第1章　国土の概観——アンデス高地・アンデス低地・オリエンテ\n　第2章　多様な気候——緯度と高度で大きく異なる\n　第3章　アルティプラノと山岳高地——広大な大地が秘める奥深さ\n　第4章　ユンガス地帯——コロイコ，チュルマニを中心に\n　第5章　ウユニ塩湖と南西部——大自然の応援力とともに生きる人びと\n　第6章　谷間地方へ——未知の歴史をいまなお潜めて\n　第7章　セルバ——きわめて多様な低地地方\n　第8章　資　源——豊かな資源が経済基盤\n2　現代の社会\n　第9章　多様な社会——地域、民族、言語、所得、あらゆる面で多彩で複雑\n　第10章　国家の概況——政治・経済・社会の基礎データ\n　第11章　都市と人びと——首都ラパスと地方都市\n　第12章　ボリビアの先住民族——国民の六割が先住民族と認識\n　第13章　先住民族の言語生活——スペイン語と三つの先住民言語が公用語\n　第14章　アイマラ語——歴史、社会、学習事情\n　第15章　貧困と社会——貧富の格差と表裏一体\n　第16章　開発戦略と国際協力——多様な資本形成と地場産業の育成が課題\n　第17章　教育改革——PRE94と異文化理解・二言語教育のゆくえ\n　第18章　急増するプロテスタント——急進的なセクトの布教活動\n3　複雑な政治・外交\n　第19章　「錫の世紀」とチャコ戦争——動揺する寡頭支配体制\n　第20章　ボリビア革命——早熟な未完の革命と遺産、労組と軍\n　第21章　民主化と市場化への転換——経済破綻から新経済政策へ\n　第22章　近代化の試み——「第二の革命」、先住民勢力の台頭、新経済政策の破綻\n　第23章　多民族社会の統治と民主主義のゆくえ——「協定による民主主義」の破綻\n　第24章　内陸国の国際関係——「海への出口」問題、麻薬対策、地域統合\n　第25章　投票箱を通じた革命——先住民出身大統領の誕生でむかえた歴史の幕開け\n4　経済の変貌と現状\n　第26章　経済開発の諸条件——多様で広大な国土の開発と障害\n　第27章　農　業——農地改革の形骸化と農業生産者の二極化\n　第28章　東部低地開発——食糧の自給化から輸出商品作物へ\n　第29章　鉱業モノカルチャー経済構造の変化——金・銀・錫から天然ガスへ\n　第30章　コカ経済の盛衰——伝統作物から麻薬原料のコカ栽培へ\n　第31章　「新経済政策」の成果——ネオリベラリズモ二〇年の軌跡\n5　歴　史\n　第32章　チリパからティワナクヘ——古代文明の変遷\n　第33章　インカ帝国の進出——年代記に残るティティカカ湖地方の創世神話\n　第34章　アルト・ペルーの征服——支配の拠点としての都市建設\n　第35章　植民地時代——最大級の原住民人口を有したラパス地域\n　第36章　ポトシ銀山——世界の経済と権力の中心\n　第37章　一八世紀のトゥパック・カタリの反乱——原住民による「国土再征服」\n　第38章　先住民の改宗事業——土着宗教と融合した独特のカトリック文化\n　第39章　独立戦争——二〇世紀に持ち越された問題の原点\n　第40章　サンタ・クルスの野望——ボリビアの「栄光」\n　第41章　太平洋戦争1——戦争の過程\n　第42章　太平洋戦争2——戦後の保守党オリガルキーの時代\n　第43章　自由党の時代——サラテ・ウィリュカの反乱とアクレ戦争\n6　暮らしの風景\n　第44章　高地の人類学——カリャワヤ、ノルテ・デ・ポトシ、ティティカカ湖周辺\n　第45章　低地の人類学——開発と先住民が大きなテーマ\n　第46章　アラシタとエケコ人形——ラパス市の縁日\n　第47章　ラパス県農村の青空市——都市と農村との結節点\n　第48章　カリシリ——身体の脂肪を奪い取る\n　第49章　カリャワヤのアンデス的宇宙観——人類の口承・無形遺産の傑作\n　第50章　ウルクピーニャの聖母の祭り——国民統合の守護者\n　第51章　ウィランチャ——土着信仰とカトリックの混在・融合\n　第52章　オルロのカーニバル——歴史と文化をテーマに多種多様な踊りを披露\n　第53章　アイマラの死者儀礼——宗教観にもとづく死者の魂への観念に根ざす\n　第54章　コパカバーナへの巡礼——アンデスの神々に祈りを捧げる宗教の中心地\n7　芸術・文化\n　第55章　建　築——植民地時代の遺産と現代\n　第56章　美　術——異文化の交渉のなかに刻まれた屈折の歴史\n　第57章　博物館めぐり——ラパスのセントロ、ハエン通りがおすすめ\n　第58章　古代からモデルニスモまで——ボリビアの文学1\n　第59章　ペドロ・シモセとパス・ソルダン——ボリビアの文学2\n　第60章　豊かな食文化——多彩な食材をベースに地域色に富んだ料理\n　第61章　アウトクトナ音楽——祭事のための音楽\n　第62章　クリオージャ音楽——町で育まれた音楽\n　第63章　二つの音楽の融合——都市部と農村部の交流の産物\n　第64章　ボリビア・フォルクローレ——一つの音楽ジャンルを確立\n8　旅への誘い\n　第65章　ボリビア南西部自転車縦断記——強風に向かって道なき道を\n　第66章　ボリビア高地で見た皆既日食——その時、太陽の子＝インカの末裔たちは？\n　第67章　観光案内——高度に馴染むことが最も重要\n　第68章　登山・トレッキング——六〇〇〇メートル超の高峰が連なる\nボリビアを知るためのブックガイド\n索　引"}],"SupportingResource":[{"ResourceContentType":"01","ContentAudience":"01","ResourceMode":"03","ResourceVersion":[{"ResourceForm":"02","ResourceVersionFeature":[{"ResourceVersionFeatureType":"01","FeatureValue":"D502"},{"ResourceVersionFeatureType":"04","FeatureValue":"9784750323008.jpg"}],"ResourceLink":"https:\/\/cover.openbd.jp\/9784750323008.jpg"}]}]},"PublishingDetail":{"Imprint":{"ImprintIdentifier":[{"ImprintIDType":"24","IDValue":"0182"},{"ImprintIDType":"19","IDValue":"7503"}],"ImprintName":"明石書店"},"Publisher":{"PublishingRole":"01","PublisherIdentifier":[{"PublisherIDType":"24","IDValue":"0182"},{"PublisherIDType":"19","IDValue":"7503"}],"PublisherName":"明石書店"},"PublishingStatus":"08","PublishingDate":[{"PublishingDateRole":"01","Date":"20060419"}]},"ProductSupply":{"MarketPublishingDetail":{"MarketPublishingStatus":"00","MarketPublishingStatusNote":"1;"},"SupplyDetail":{"ProductAvailability":"99","Price":[{"PriceType":"03","PriceAmount":"2000","CurrencyCode":"JPY"}]}}},"hanmoto":{"toji":"並製","zaiko":33,"maegakinado":"はじめに\n　ボリビアは南アメリカ大陸中央部に位置する内陸国である。地球儀でその位置を確認すると、日本のほぼ裏側にあって、日本からいざ行くとなるとずいぶん遠いことがわかる。空路で正味二〇時間以上かかる。日本との時差はマイナス一三時間である。\n　ボリビアというと読者の方々は何を思われるだろうか。アンデス高地の山岳の国というイメージが濃厚なのではないだろうか。きっとそうにちがいない。編者もこの国のことを本格的に学ぶ以前はそうだった。幻想的なティティカカ湖とそこに浮かぶ葦の島。トトラの舟が行き交っている。フォルクローレの音色が聞こえている。コンドルが碧空を舞っている。登山やスキーのメッカ、トレッキングにこと欠かないアンデスの魅惑的な希望の国にちがいないと。もしくはリャマやアルパカといったラクダ科動物が高原に群れている牧歌的風景やオルロのカーニバルの喧噪を思い浮かべる人もいよう。ボリビアへの旅が間近に迫ると、ガイドブックやパンフレットをいろいろと入手して調べることになる。その結果、たとえば次のようなことがわかるだろう。\n\n　昔からアイマラとかケチュアの先住民が住んでいて、ティワナク遺跡というのがラパス市の近くもしくはティティカカ湖近郊にあるようだ。インカの時代になるとコリャスーユとやらのエリアに属していたというから文明はかなり進んでいただろう。スペインによる長い統治の時代、つまり植民地時代があり、当時のボリビアはチャルカスと呼ばれていてスペイン文化がたくさん伝えられたこと。一九世紀初めにシモン・ボリーバルや、ペルーから到着したアントニオ・ホセ・デ・スクレによって独立がなされ、共和国となる。かれらは現在のベネズエラ出身であり、独立・解放の英雄としてボリビアのナショナル・アイデンティティの象徴的存在になっている。独立記念日は（一八二五年）八月六日。国旗は数度にわたって修正が加えられ、一八八八年になってようやく今日のものが作られた。水平幅の均等な三色の帯からなる。帯の色は、上部が赤色、中央部が黄色、下部が緑色なのであるが、それには理由がある。赤はスペインと戦うボリビア人兵士の勇気を象徴し、黄もしくは金色は国土の豊かな鉱物資源を、緑は自然の豊かさを表しているという。この三色は、ボリビアの国花であるカントゥータとも符合しているようだ。カントゥータは鐘の形をした真っ赤な花を咲かせ、胴体は黄色、葉は緑である。\n　では、実際にボリビアに行ってみよう。エル・アルト国際空港からラパス市に着いた翌朝、ラパス市の中心部、国会議事堂のあるムリーリョ広場に行ってみる。そこで目にするボリビア国旗の一部が少し違っていることに気づくであろう。ボリビア国旗は全体が水平に三分されているわけであるが、中央の黄色部分にボリビア国家の盾形紋章（エスクード）が配置されているのが目にとまるからである。かといって七月一六日通りを歩いてみると、その両脇の建物には国家紋章の入っていない国旗が翻っているのである。これはいったいどういうことであろうか。政府による公式行事の際とか、公共建造物に掲げられる国旗には、中央に国家紋章が入った国旗が使われるが、祝祭日などに民間人が使用する国旗には紋章は入っていないのである。\n　書店に入って、国家紋章を扱った本を探して読んでみる。まずは国家紋章の図柄を見る。上部にはいまにも飛び立とうとするコンドルがいる。中央部には楕円形が描かれている。その周囲に点在する緑は月桂樹とオリーブを表している。中央にはなにやらピラミッド形をした山が描かれている。その山麓（向かって左側）には一頭のアルパカとおぼしきラクダ科動物がおり、その右側には小麦の束とパンの木がある。山の左上には立ち昇る太陽が見える。\n　本のページをめくっていくと、動物の項にいきあたる。反芻するラクダ科動物の説明文にはリャマとアルパカの家畜化の過程や、ボリビア国内に存在するそれぞれの頭数、リャマは駄獣用、アルパカは採毛用、両者とも食肉になるなどといった記述が見える。またコンドルはケチュア語であり、黒色、白色の翼を持つ猛禽類。翼幅はしばしば三メートルを超えるというから驚きだ。先スペイン期から神聖視されてきたようだ。ラパス、オルロ、ポトシ諸県のボリビア・アンデス北西部の高地にもっぱら生息する。ところで別の箇所には、ボリビアではアメリカジャガーも生息すると書いてある。おもわず頬がこわばる。説明文をよく読んでみる。「肉食の哺乳類で身長は一・三メートルくらい。ヒョウに似ている。黄褐色であるが、黒いまだらがある。ボリビアではアマゾンの湿地帯が原産であり、ベニ地方でよく見かける」とある。アンデスにいなくてよかった！　ボリビアはアマゾン源流域や東部低地をも包摂しており、地理的生態学的に多様性に富んだ国であることがあらためて認識される瞬間である。似たような誤解はほかにもある。たとえば、コパカバーナの聖母というのが現地でよく話題に上る。ボリビアの守護神として奉られており、その祝賀行事が毎年二月二日に開催される。ところがこれが日本だと、コパカバーナってブラジルじゃなかった？　ということになる。コパカバーナはティティカカ湖に突きだした半島に位置する聖地であり、ボリビア人ならずとも一生のうち一度は訪れたい巡礼地である、と教えてあげたい。ちなみに「太陽の島」への遊覧船はここから出ている。\n　ところで、ピラミッド形をした山のことが気になる。これは「ポトシの富の山（セロ・リコ）」を表している。インカが征服された後、スペイン植民地支配体制の下で銀鉱山の開発が進められるが、その最大の中心地の一つが一五四五年に発見されたポトシ銀山であった。時間が許すのであれば、ポトシ市に行ってみようではないか。まず空路でスクレ市（植民地時代のチュキサカ市）に行く。次にそこからバスの旅三時間でポトシのバスターミナルに着く。なるほど円錐形の山が眼前に見えている。むかし大量の銀が出たというのはこの山なのか？　そのとおり！　ポトシの造幣局（カサ・デ・モネダ）博物館に直行しよう。植民地時代の空気がいまも流れている、そんな空間がここにある。翌日は、かつてシモン・ボリーバルも登頂したというこのピラミッドの山に登ってみてはどうだろう。山の頂上近くまでタクシーが行くので、連れて行ってもらうといい。上る途中では坑道（ソカボン）の跡が残っていて、見学できる。車が行くことのできる最終地点からイチュウ草をかき分けて二〇〜三〇分歩くと頂上に着く。山頂の標高は四八〇〇メートル強というところであろうか。そこからの眺めがいい。三六〇度さえぎるものは何もない。周囲は荒涼たる原野。ポトシの町が眼下に広がっている。その近郊にはかつて銀鉱石の精錬用につくられた人工湖もいくつか見えていて植民地時代が偲ばれよう。\n\n　わが国においてボリビアが「遠い国」である理由の一つは、ボリビアを体系的に知るための図書がこれまでに刊行されてこなかった点にある。ボリビアに関する情報は稀薄であった。研究者や関係者など一部の人びとを除き、ボリビアについての確固たる情報を持つ者はきわめて少数である。\n　ボリビアはバイリンガル、多文化の国である。この特色はナショナル・アイデンティティを豊かなものにしている。その大衆文化や民族色、さまざまな民族集団の特徴が時空を超えて理解されねばなるまい。たとえばボリビア文学。そのルーツは古代アンデス文明の口頭伝承に遡る。征服と植民地時代を通じてもそれは生き残り、二〇世紀における詩、小説、演劇作品の展開を彩っている。ボリビアでは芸術的な表明が枯渇することはよもやあるまい。彫刻、絵画、建築、音楽、映画においてその表明は光彩を放っている。それらは同国における歴史の複合性の表現でもある。\n\n　本書の目的は、ボリビアという国の真実の姿をさまざまな角度から複眼的な視点や思考にもとづいて構築し、重要情報を体系的に読者に提供することである。二一世紀の、まさにグローバリゼーションの時代におけるボリビアの真実の姿をご理解いただきたいのである。\n　本書は全体として大きく八部からなる。「1　自然環境とその利用（1〜8章の八章とコラム一本）」「2　現代の社会（9〜18章の一〇章とコラム二本）」「3　複雑な政治・外交（19〜25章の七章とコラム一本）」「4　経済の変貌と現状（26〜31章の六章とコラム二本）」「5　歴史（32〜43章の一二章とコラム三本）」「6　暮らしの風景（44〜54章の一一章とコラム一本）」「7　芸術・文化（55〜64章の一〇章とコラム二本）」「8　旅への誘い（65〜68章の四章とコラム一本）」である。ふつうならばここで編者が、各部、各章の内容を要約して示すところであるが、独断や偏見の発生を怖れ、割愛した。個性豊かな各執筆者の声を直接読者にお届けしたいからである。いずれの章からお読みいただいても結構である。\n（後略）\n\n二〇〇五年八月\nアルプスの谷間、東スイス、ブレガリア渓谷カサッチアにて\n編者　真鍋周三","author":[{"listseq":1,"dokujikubun":"編著"}],"datemodified":"2012-03-23 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