[{"onix":{"RecordReference":"9784750348155","NotificationType":"03","ProductIdentifier":{"ProductIDType":"15","IDValue":"9784750348155"},"DescriptiveDetail":{"ProductComposition":"00","ProductForm":"BA","ProductFormDetail":"B119","TitleDetail":{"TitleType":"01","TitleElement":{"TitleElementLevel":"01","TitleText":{"collationkey":"ギリシアテツガクサンジッコウジンルイノゲンショノシサクカラゲ","content":"ギリシア哲学30講　人類の原初の思索から（下）"},"Subtitle":{"collationkey":"ソンザイノコキョウヲモトメテ","content":"「存在の故郷」を求めて"}}},"Contributor":[{"SequenceNumber":"1","ContributorRole":["A01"],"PersonName":{"collationkey":"クサカベ ヨシノブ","content":"日下部　吉信"},"BiographicalNote":"1946年京都府生まれ。立命館大学名誉教授。1969年立命館大学文学部哲学科卒。75年同大学院文学研究科博士課程満期退学。87-88年、96-97年ケルン大学トマス研究所客員研究員。2006-07年オックスフォード大学オリエル・カレッジ客員研究員。著書に『ギリシア哲学と主観性――初期ギリシア哲学研究』（法政大学出版、2005）、『初期ギリシア哲学講義・8講（シリーズ・ギリシア哲学講義1）』（晃洋書房、2012）、編訳書に『初期ギリシア自然哲学者断片集』①②③（訳 ちくま学芸文庫 2000-01）など。"}],"Language":[{"LanguageRole":"01","LanguageCode":"jpn","CountryCode":"JP"}],"Extent":[{"ExtentType":"11","ExtentValue":"400","ExtentUnit":"03"}],"Subject":[{"MainSubject":"","SubjectSchemeIdentifier":"78","SubjectCode":"0010"}],"Audience":[{"AudienceCodeType":"22","AudienceCodeValue":"00"}]},"CollateralDetail":{"TextContent":[{"TextType":"03","ContentAudience":"00","Text":"ハイデガーの「存在の思索」に寄り添いつつ、人類にとって原初の思索・哲学を「みずみずしい姿」で復活させ、従来のギリシア哲学観に変更を求めるとともに、そこから西洋哲学一般、近代科学、人間の思考のあり方そのものに疑問を呈する、過激にして痛烈な現代文明批判の書（上下巻）。"},{"TextType":"04","ContentAudience":"00","Text":"　本書（下巻）に登場する主な哲学者 生没年早見表\n\n　紀元前3・4世紀ごろのギリシアと周辺諸国地図\n\n第16講　ゴルギアス\n　否定性の哲学\n　コラム：ソピスト、ゴルギアス\n\n第17講　ソピスト――存在の残響――\n　技術家集団、ソピストたち。\n　ノモスとピュシス\n\n第18講　プロタゴラスvsソクラテス\n　ソクラテスvsプロタゴラス\n　ソクラテス的志向性\n\n第19講　プラトン\n　　イデア論\n　　知識論\n　　想起説\n　　分有説\n　　魂の不死説\n　　哲学は死の準備である。\n　　善のイデア\n　　弁証法\n　　プラトンの構想する世界構造\n　　洞窟の比喩\n　　哲人王説\n　　四基徳\n　　デミウルゴス\n　　プラトンの後期思想\n　コラム：プラトンの生涯と著作\n\n第20講　アリストテレス（其の一）\n　哲学者アリストテレス\n　コラム：アリストテレスの生涯と著作\n\n第21講　アリストテレス（其の二）\n　アリストテレスの学問分類\n　形而上学\n　（一）アリストテレスのイデア論批判\n　（二）アリストテレスの存在論\n\n第22講　アリストテレス（其の三）\n　自然学\n\n第23講　アリストテレス（其の四）\n　倫理学\n　制作術\n\n第24講　ヘレニズム哲学（其の一）\n　ヘレニズム期展望\n　徳\n　（一）アンティステネスとキュニコス派\n　（二）ストア哲学\n\n第25講　ヘレニズム哲学（其の二）\n　快\n　（一）キュレネ派の快楽思想\n　（二）エピクロス哲学\n\n第26講　ヘレニズム哲学（其の三）\n　知\n　（一）エウクレイデスとメガラ派\n　（二）ヘレニズム期における懐疑哲学\n\n第27講　新プラトン哲学\n　（一）新プラトン主義への前奏\n　（二）新プラトン哲学\n　コラム：新プラトン主義の諸派\n\n第28講　ギリシア哲学と魂（プシュケー）\n\n第29講　ハイデガーと西洋形而上学（其の一）\n　　はじめに\n　　主観性の形而上学\n　　西洋形而上学（プラトニズム）と科学\n　　主観性原理によって出現した超越の巨大な構造（中世世界）\n　　西洋形而上学の近代における現れ（認識の哲学）\n　　主観性の自己意識（自覚）\n　　「正しさ」の哲学（真理の頽落態）\n　　「正しい哲学」と後期近代世界\n　　ヘーゲル哲学\n　　アートマン、ブラフマンを飲み込む\n　　西洋形而上学の帰結としての近代世界（ハイデガー対世界）\n　　存在の故郷への望郷\n\n第30講　ハイデガーと西洋形而上学（其の二）\n　　はじめに\n　　主観性原理の登場\n　　存在（ピュシス）と主観性の初期ギリシア期における抗争\n　　ギリシアの主観性\n　　ヘブライズムの神（巨大な主観性）の西洋精神史への登場\n　　「自然と主体の統合」というテーマについて。\n\n　あとがき\n　人名索引"}],"SupportingResource":[{"ResourceContentType":"01","ContentAudience":"01","ResourceMode":"03","ResourceVersion":[{"ResourceForm":"02","ResourceVersionFeature":[{"ResourceVersionFeatureType":"01","FeatureValue":"D502"},{"ResourceVersionFeatureType":"04","FeatureValue":"9784750348155.jpg"}],"ResourceLink":"https:\/\/cover.openbd.jp\/9784750348155.jpg"}]}]},"PublishingDetail":{"Imprint":{"ImprintIdentifier":[{"ImprintIDType":"24","IDValue":"0182"},{"ImprintIDType":"19","IDValue":"7503"}],"ImprintName":"明石書店"},"Publisher":{"PublishingRole":"01","PublisherIdentifier":[{"PublisherIDType":"24","IDValue":"0182"},{"PublisherIDType":"19","IDValue":"7503"}],"PublisherName":"明石書店"},"PublishingDate":[{"PublishingDateRole":"01","Date":"20190331"},{"PublishingDateRole":"11","Date":"20190331"}]},"ProductSupply":{"MarketPublishingDetail":{"MarketPublishingStatus":"00","MarketPublishingStatusNote":"1;"},"SupplyDetail":{"ProductAvailability":"99","Price":[{"PriceType":"01","PriceAmount":"2700","CurrencyCode":"JPY"}]}}},"hanmoto":{"genshomei":"","han":"","datezeppan":"","toji":"並製","zaiko":11,"maegakinado":"本書「あとがき」より：\n\n　最後に私事を語ることをお許しいただきたい。\n　本講義の底本は『ギリシア哲学と主観性』（法政大学出版局、二〇〇五年）であるが、二〇〇六年であったか、同書をもって学位を申請させていただいた。しかし当初論文の価はあまり芳しいものではなかった。それもやむからぬことで、厳密な学術論文としての体裁という観点から見れば、はなはだ不備の多い論文といわざるをえなかったのである。しかし論述がそのようなスタイルで書かれたことはむしろ確信的になされていたことで、厳格な学術論文の実証的、対象論理的記述では、記述の全体が主観性の認識構造の内に置かれるため、存在が立ち現れてくることはないという信念のもとにそのような論述が選ばれていたのである。「何がいわれようとしているのかもうひとつよく分からない」とか「日下部君は物語を作っているだけではないのか」といった講評が審査委員会での当初の評価であった。はなはだネガティブなその場の雰囲気にやはり学位論文として理解を求めるのは無理かと沈んでいたところ、突然審査委員のひとりであられた梅原猛先生が怒りだされて、「存在がきたんや、ギリシアを出て、ドイツを経て、今日本に存在がやってきたんや」と叫ばれたのである。その文化勲章の気迫にその場の一同びっくりして（わたしも驚きました）、それで評価が劇的に変わって審査委員会を無事通過したという次第である。日本にも哲学者はいたのか、というのがその時の実感であった。その梅原先生も鬼籍に入られた。今日本のどこに哲学者はいるのかと、はなはだ淋しい気持ちである。","jushoujouhou":"","zasshicode":"","hatsubai":"","hatsubaiyomi":"","storelink":"","author":[{"listseq":1,"dokujikubun":"著"}],"datemodified":"2019-10-07 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