[{"onix":{"RecordReference":"9784750355368","NotificationType":"03","ProductIdentifier":{"ProductIDType":"15","IDValue":"9784750355368"},"DescriptiveDetail":{"ProductComposition":"00","ProductForm":"BA","ProductFormDetail":"B119","TitleDetail":{"TitleType":"01","TitleElement":{"TitleElementLevel":"01","TitleText":{"collationkey":"シンサイゴノエスノグラフィ","content":"震災後のエスノグラフィ"},"Subtitle":{"collationkey":"ハンシンダイシンサイヲキロクシツヅケルカイノアクションリサーチ","content":"「阪神大震災を記録しつづける会」のアクションリサーチ"}}},"Contributor":[{"SequenceNumber":"1","ContributorRole":["A01"],"PersonName":{"collationkey":"タカモリ ジュンコ","content":"高森　順子"},"BiographicalNote":"1984年兵庫県神戸市生まれ。大阪大学大学院人間科学研究科単位修得満期退学。博士（人間科学）。グループ・ダイナミックスの視点から、災害体験の記録や表現をテーマに研究している。2010年より「阪神大震災を記録しつづける会」事務局長。公益財団法人ひょうご21世紀研究機構主任研究員、愛知淑徳大学助教などを経て、現在、在野で活動している。2014年度井植文化賞報道出版部門受賞。著書に『10年目の手記――震災体験を書く、よむ、編みなおす』（共著、生きのびるブックス、2022年）、「声なき被災者の経験を未災者に伝える」『越える・超える（シリーズ人間科学6）』（共著、大阪大学出版会、2021年）など。"}],"Language":[{"LanguageRole":"01","LanguageCode":"jpn","CountryCode":"JP"}],"Extent":[{"ExtentType":"11","ExtentValue":"368","ExtentUnit":"03"}],"Subject":[{"MainSubject":"","SubjectSchemeIdentifier":"78","SubjectCode":"0036"}],"Audience":[{"AudienceCodeType":"22","AudienceCodeValue":"00"}]},"CollateralDetail":{"TextContent":[{"TextType":"03","ContentAudience":"00","Text":"阪神・淡路大震災の手記を集め出版してきた「記録しつづける会」。その活動は中断も含めた様々な困難に直面する。活動を「よい物語」にしたい欲望もめぐる中、そのままならなさを含み込む研究は可能か。アクションリサーチの可能性を提起する画期的な一冊。"},{"TextType":"04","ContentAudience":"00","Text":"　まえがき\n\n第Ⅰ部　エスノグラフィ\n\n第1章　出会いから交流会をひらくまで\n第2章　二〇年目の手記集をつくるまで\n第3章　二五年目の記録集をつくるまで\n\n第Ⅱ部　分析編\n\n第4章　「記録しつづける会」のアクションリサーチの前提――一九九五年から二〇〇五年の取り組みとその分析\n第5章　「記録しつづける会」エスノグラフィの分析――活動を駆動させる〈ままならなさ〉\n\n第Ⅲ部　理論編\n\n第6章　アクションリサーチの構造的問題と〈ままならなさ〉\n第7章　共話的エスノグラフィ――オルタナティブな記述の手続きの提案\n最終章　「出会い」にひらかれた活動の閉じ方――〈ままならなさ〉を引き受けるアクションリサーチ\n\n　あとがき"}],"SupportingResource":[{"ResourceContentType":"01","ContentAudience":"01","ResourceMode":"03","ResourceVersion":[{"ResourceForm":"02","ResourceVersionFeature":[{"ResourceVersionFeatureType":"01","FeatureValue":"D502"},{"ResourceVersionFeatureType":"04","FeatureValue":"9784750355368.jpg"}],"ResourceLink":"https:\/\/cover.openbd.jp\/9784750355368.jpg"}]}]},"PublishingDetail":{"Imprint":{"ImprintIdentifier":[{"ImprintIDType":"24","IDValue":"0182"},{"ImprintIDType":"19","IDValue":"7503"}],"ImprintName":"明石書店"},"Publisher":{"PublishingRole":"01","PublisherIdentifier":[{"PublisherIDType":"24","IDValue":"0182"},{"PublisherIDType":"19","IDValue":"7503"}],"PublisherName":"明石書店"},"PublishingDate":[{"PublishingDateRole":"01","Date":"20230302"},{"PublishingDateRole":"11","Date":"20230301"}]},"ProductSupply":{"MarketPublishingDetail":{"MarketPublishingStatus":"00","MarketPublishingStatusNote":"1;1"},"SupplyDetail":{"ProductAvailability":"99","Price":[{"PriceType":"01","PriceAmount":"3800","CurrencyCode":"JPY"}]}}},"hanmoto":{"genshomei":"","han":"","datezeppan":"","toji":"上製","zaiko":11,"maegakinado":"まえがき\n\n　本書は、「阪神大震災を記録しつづける会」のエスノグラフィであり、同時に、同会の二七年間の活動を記述するプロセスの検討を通して、研究者が人びとと協働して研究活動をつくりあげていくアクションリサーチの構造的問題の解明と、その乗り越えを目指すものである。\n「阪神大震災を記録しつづける会」（以下「記録しつづける会」）は、一九九五年一月一七日に発生した阪神・淡路大震災を起点にして、その体験をめぐる手記を集め、それらを手記集としてまとめ、出版する活動を四半世紀にわたり続けてきた市民団体である。そのメンバーとなるのは、阪神・淡路大震災という一つの災害にかかわる手記を、一度ではなく何度も書いてきた執筆者たちと、執筆者たちが生み出した手記をその都度とりまとめ出版した編集者である。\n「記録しつづける会」は、神戸市三宮で印刷業を営んでいた高森一徳を代表として、地震から二ヶ月後の一九九五年三月に設立した。代表が死去したことで、活動一〇年目から約五年間のブランクがあったが、二〇一〇年に再開し、二〇二三年の現在まで活動を続けている。本書の著者である私は、二〇一〇年から活動に参加し、現在まで同会の事務局長を務めている。その意味で私は、同会の途中参加者である。\n「記録しつづける会」における私に限らず、社会に生きる人はみな、あるコミュニティに入ったり離れたりを繰り返し、その流れに身を任せたり逆らったりして、その社会をかたちづくっている。本書は、ある社会的な集合体が生まれ、育ち、実りのときを迎え、次なる活動を胚胎しながら枯れていくまでのプロセスを、当事者とともに研究者自身もまた活動の担い手の一人となって伴走するアクションリサーチによって明らかにするものである。そのうえで、エスノグラフィを記述するという行為もまた、アクションリサーチのプロセスの一つとして位置づけながら、研究対象とする活動の全体的理解を目指すものである。\n\n　（…中略…）\n\n　一九九〇年代から現在に至るまで、アクションリサーチの理論と実践の刷新を牽引してきた心理学者のイアン・パーカーは、研究者がコミュニティを対象とするならば、それは必然的にアクションリサーチの性質を帯びると述べる。言い換えれば、人びとと何らかのやりとりをする研究は、多かれ少なかれアクションリサーチ的な構造をもっているというのである。その構造とは、研究者がコミュニティのうちに入り、人びとの言葉の網の目をくぐるとき、自らが発する言葉も、その言葉の網の目を構成する一つになるという、再帰的かつ漸進的（reflexive-progressive）な側面である。研究者がまるで壁のハエのようにひそやかにコミュニティを観察したとしても、研究者がそこにいるということ自体がコミュニティとの何らかのやりとりを生じさせ、その影響を無にすることはできず、コミュニティはそれによって変容していく。言い換えれば、研究者はコミュニティの外側に立つことはできず、そこに含み込まれ、研究者が発する言葉は、再帰的にコミュニティに編み込まれ、漸進的にコミュニティの実質を編み変えていくのである。パーカーは、そのような再帰的かつ漸進的な側面を突き詰めたアクションリサーチとは、研究手法という枠組みを超えた、未来構想的な政治活動による改革になると主張する。\n　パーカーはアクションリサーチを記述する際には、コミュニティを構成する人びとのあいだで日常的に繰り広げられている、ミクロな政治装置（micropolitical device）をつぶさにみつめ、活用せよという。その活用とはいかなるものか。まず、せめぎあいの核心（point of conflict）の発見と、それが何によって覆い隠されているかに注意を払う。次に、ここであればせめぎあいから自由になれると人びとが想像している、避難場所としての幻想空間（fantasy space）を明らかにする。最後に、その幻想空間に潜む矛盾を明らかにする。ここでいう矛盾とは、人びとがせめぎあいから逃れる先である幻想空間が、日々のせめぎあいによって生まれたジレンマのガス抜きになりつつも、一方で、せめぎあいの構造を下支えする機能も果たしているということである。パーカーは、せめぎあいの仕掛けをつぶさにみる手続きを経たアクションリサーチの記述としてのエスノグラフィは、コミュニティの権力の布置の解明と、未来構想的な改革へとつながるという。\n　私は、パーカーが主張するアクションリサーチという営みと、その営みの一部をなすエスノグラフィに、研究者という立ち位置の理想を重ね、強く同意するとともに、直観として拒絶したくなるほどの痛みを感じる。イメージするのは、重力に耐え、風に煽られながら、コミュニティという山肌に生きている当事者たちである。誰にも気づかれぬように、誰かの体に寄りかかり自らの体重を預けることで、いくぶん楽にその場を生きている人がいる。その一方で、本人は気づいていないが、他の人の体重も支えつつそこにしがみつくことになり、手は痺れ、足は棒になり、踏ん張る力が今にも抜けてしまいそうな人がいる。滑落するのが時間の問題なのはどちらにもいえることだ。二人は互いに「がんばろう」と声をかけ合っている。その声は一時的であれ、彼らに今一度ここに留まるための力をくれる。\n　そんな山肌で、研究者は、彼らと同じようにしがみつき、彼らに深く共感しながらも、その実、彼らがどこに足を引っかけ、どこに手を置くことで、ここに留まることができているのかを冷静に見つめてもいる。そして、彼らのあいだのせめぎあいの洞察のためであれば、どちらにも「がんばろう」と声を重ねる。そして、洞察が深まったところで、「がんばろう」の声が一時的な気休めに過ぎなかったのだと、その幻想を引き剥がす。研究者は、当事者たちにとってより公正で、より生きやすい暮らしの足場をつくることにつながるという確信があるからこそ、自らもまた彼らとともに引き裂かれながら、幻想の引き剥がしを試みるのである。再帰的かつ漸進的なアクションリサーチを書くということは、研究者が再帰的に「引き裂かれ」ながら、漸進的な「引き剥がし」を繰り返していくことを意味する。\n　パーカーがアクションリサーチをめぐってこのようなラディカルな主張をする理由は理解できる。多くのアクションリサーチの研究者は、このような再帰的な引き裂かれを感じていても、それをなかったことにして、エスノグラフィを「良い知らせ」（good news）に落とし込んでしまう誘惑に乗ってしまうからだ。アクションリサーチは、研究者だけではなく、当事者もまた同様に、徹底した再帰的かかわり（intensive reflexive engagement）をもつことが求められる。当事者もまた引き裂かれながら、「より良い」コミュニティとはいかなるものかを問い直し、研究者とともに改革を目指す。そうであるからこそ、アクションリサーチの記述において、研究者がコミュニティに摩擦や葛藤が起こることを回避しようとして、エスノグラフィを耳触りのよい物語に仕立て上げることは、コミュニティの改革を目指すどころか、むしろ逆に、解決すべきせめぎあいや、それを生み出す権力構造を強化することに与する恐れすらある。パーカーは、アクションリサーチの現状への異議申し立てとして、このような主張をするのである。\n\n　（…中略…）\n\n　私は、このようなアクションリサーチの捉え方に深く共感すると同時に、それが実現不可能な理想論のように響いてしまってはいないかとも懸念する。このような理想論としてのアクションリサーチの概念は、私たちアクションリサーチの研究者コミュニティにとって、研究者としてのあるべき姿という避難場所としても機能し、その幻想に囚われた結果として、身動きが取れなくなってしまう事態を招きはしないだろうか。このような事態は、かつての私のように、アクションリサーチを書けない、つまりは、自身の研究を学問的な知の体系に位置づけられないことを招くだけではない。理想論としてのアクションリサーチに絡めとられた結果として、研究者は無自覚に自身の研究をその理想に当て嵌め、あくまで素朴な善意から、アクションリサーチを「良い知らせ」に仕立ててしまう可能性がある。言うなれば、アクションリサーチの構造的問題は、アクションリサーチの研究者がまさに見ようとするコミュニティの構造的問題と合わせ鏡のような構造をなしているのではないか。\n　本書は、このようなアクションリサーチの構造的問題を射程に置いたうえで、アクションリサーチの理想論に絡め取られてその成果を社会に還元できなくなることを回避しつつ、「良い知らせ」に落とし込むのでもない、アクションリサーチの記述のあり方を検討するものである。その検討にあたっては、私自身がアクションリサーチの研究者として実際にエスノグラフィを書き、その記述内容を示し、それを分析、考察することで、アクションリサーチのあり方の更新を目指す。その更新にあたっては、今後の研究者がアクションリサーチのエスノグラフィの記述にあたり参考となりえるよう、記述の具体的手続きも提案する。","jushoujouhou":"","zasshicode":"","hatsubai":"","hatsubaiyomi":"","storelink":"","author":[{"listseq":1,"dokujikubun":"著"}],"datemodified":"2023-04-03 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