[{"onix":{"RecordReference":"9784811807225","NotificationType":"03","ProductIdentifier":{"ProductIDType":"15","IDValue":"9784811807225"},"DescriptiveDetail":{"ProductComposition":"00","ProductForm":"BA","ProductFormDetail":"B119","Measure":[{"MeasureType":"01","Measurement":"195","MeasureUnitCode":"mm"},{"MeasureType":"02","Measurement":"137","MeasureUnitCode":"mm"},{"MeasureType":"03","Measurement":"28","MeasureUnitCode":"mm"},{"MeasureType":"08","Measurement":"450","MeasureUnitCode":"gr"}],"TitleDetail":{"TitleType":"01","TitleElement":{"TitleElementLevel":"01","TitleText":{"collationkey":"ディープ・ブルー ギャクタイヲウケタコドモタチノセイチョウトコンナンノキロク","content":"ディープ・ブルー　虐待を受けた子どもたちの成長と困難の記録　"},"Subtitle":{"collationkey":"","content":"アメリカの児童保護ソーシャルワーク"}}},"Contributor":[{"SequenceNumber":"1","ContributorRole":["A01"],"PersonName":{"collationkey":"アワヅ ミホ","content":"粟津　美穂"},"BiographicalNote":"1956年、東京都生まれ。78年、渡米。カリフォルニア州立ポリテクニック大学卒業後、時事通信社ロサンゼルス支局の記者となる。その後、フリーランスになり、『月刊こども』（クレヨンハウス）など数誌に、米国の子どもや女性に関する連載記事を執筆。\n90年代初めより、地域のＤＶ被害者のための施設やユース・カウンセリング・プログラムの活動に参加する。95年、南カリフォルニア大学福祉学科で修士号を取得。ベンチュラ郡・精神保健局、少年院でインターンを経て、カリフォルニア州立精神科病院ソーシャルワーカー。2000年よりベンチュラ郡・児童保護局でソーシャルワーカー（グループホーム・ユニット）として働く。現在、シアトル在住。\n著書に『こんな学校あったらいいな　ミホのアメリカ学校日記』（ポプラ社）。"}],"Language":[{"LanguageRole":"01","LanguageCode":"jpn","CountryCode":"JP"}],"Extent":[{"ExtentType":"11","ExtentValue":"320","ExtentUnit":"03"}],"Subject":[{"MainSubject":"","SubjectSchemeIdentifier":"78","SubjectCode":"0036"}],"Audience":[{"AudienceCodeType":"22","AudienceCodeValue":"00"}]},"CollateralDetail":{"TextContent":[{"TextType":"02","ContentAudience":"04","Text":"貧困、暴力、養育困難。親元から救いだされ、虐待を生き延びた子どもたちを、だれがどのように支えているのか。彼らが大人になっていく過程で遭遇する、決別と出会いと困難を描き、米国・子ども虐待最前線の現場から、日本に…"},{"TextType":"03","ContentAudience":"00","Text":"虐待を生き延びた子どもたちを、だれがどのように支えているのか。彼らが大人になっていく過程で遭遇する、決別と出会いと困難を描き、米国・子ども虐待最前線の現場から、日本にいま必要なものは何かを問い返す。\n\n在米日本人ソーシャルワーカーによる5人の子どもたちの記録。暴力と依存症にみちた家庭に育ち、あるときそこから救いだされた彼らが、司法と児童保護の「システム」のなかで、複数の大人のサポートのもと、好転と挫折をくり返しながら子どもから若者へと育っていくさまを描いた、書き下ろしノンフィクション。\n各章末では、米国・児童保護施策の試行錯誤の歴史を解説するとともに、貧困、依存症、ドメスティック・バイオレンスと子ども虐待との密接な関わりをつまびらかにする。"},{"TextType":"04","ContentAudience":"00","Text":"序──虐待から逃れた子どもたちと\n\n第一章──アンジェラ\n\n出会い／失踪から戻って／過去の軌跡／一月十七日の夜／一枚の絵／祖母の家／難題／期待と失望／行方不明\n\nアメリカの子ども虐待の現状／児童保護システム　ひとりの子どもがフォスターチャイルドになるまで／アウトオブホーム・プレースメント／里親という仕事／児童保護ソーシャルワーカーの仕事\n\n\n第二章──ジェシー\n\nジェットブルー／七歳までのこと／アディクション／置き去り／ＬＡへ／逃走と悪化／リカバリーセンター／リブアウト／回避／十八歳間近／ディープブルー\n\nフォスターユースはいま／児童保護制度と少年司法制度／アメリカ連邦フォスターケア政策と予算の歴史／危機のフォスターケア\n\n\n第三章──ヴェロニカとラクウェル\n\n写真のなかのふたり／事の発端／ホセとソニア／失踪／双子帰還／マタニティーホーム／ラフィー誕生／ラクウェルの移動／ヴェロニカの苦悩／急展開／十六歳の父親／双子反乱／養育権／トニーとラクウェル／ナナ誕生／自立へのカウントダウン／十八歳の現実／最後の仕事／五回目のクリスマス\n\nドメスティック・バイオレンスと子ども虐待／アメリカのティーンマザーたち／母子家庭政策と子どもの貧困／監獄の母たち\n\n\n第四章───ルーカス\n\n暗い場所の記憶／フォスターダッド／脱走と暴動／精神科病棟／セントラル・カリフォルニア／システムエラー／未来ひとりぼっち\n\nフォスターユースとメンタルヘルス／子ども虐待防止と児童福祉改革／パーマネンシー／破滅と再生　終章にかえて\n\n解説───才村 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れたベテラン・ソーシャルワーカーのＷ氏は、私に児童福祉のあらゆる方法を教えてくれた同志だった。\n「この国は、面目上は経済大国。この、世界でいちばん強いはずの国で、黒人の男の子の四人に一人が大人になるまえに殺されるか、拘置所に入れられる。そんな国の子どもと、ある名もない国の小さな村の子どもと、きみはどっちが本当に安全だと思う？」\n　それが、彼が私に言い残した最後の質問だった。W氏は、この国の児童福祉に未来はないという悲観のもとに児童保護局を去った。\n\n　私はW氏の言葉を真剣に受けとめた。だが、私がアメリカに住みつづけ、児童保護の仕事をすると決めた理由は、この国の人たちの楽観主義と、粉骨砕身して新しいアイデアを編みだしてゆく心意気に感心したからでもある。アメリカの児童保護活動は、いままたひとつの大きな転換期にいたっている。地域をあげて、人びとは防止対策に励みはじめた。日本もいま、子どもたちの安全に目を向けるとするなら、そんなアメリカから吸収できることはあるにちがいない。\n\n　私の勤めるベンチュラ郡・児童保護局のオフィスは、太平洋からの風が届く広大な二十四エーカーの土地に抱かれた、カーサ・パシフィカという児童保護と精神科治療の総合施設のなかにある。ベンチュラ郡の児童保護局には、千二百人あまりの虐待を受けた子どもたちのために、八十人のソーシャルワーカーが、四つのオフィスに分かれて働いている。（中略）\n\n　三十年間を児童保護の仕事に身をささげた私の上司、サリー・オブライアンは、このグループホーム・ユニットでの私の初仕事の日に言った。\n「この子たちには、ほんとにだれもいないの。あなたがこの子たちの親になるんだよ」\n　その言葉を、少し強すぎる海からの風が入るオフィスの窓ぎわに座って、いま、思い起こしている。","kaisetsu105w":"貧困、暴力、養育困難。親元から救いだされ、虐待を生き延びた子どもたちを、だれがどのように支えているのか。彼らが大人になっていく過程で遭遇する、決別と出会いと困難を描き、米国・子ども虐待最前線の現場から、日本にいま必要なものは何かを問い返す。","author":[{"listseq":1,"dokujikubun":"著"}],"datemodified":"2014-08-27 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